第41回 2013年10月2日
[温故知新]「冬のキノコ」味噌漬けで 今野宏(寄稿)
冬に拾うキノコをご存じでしょうか。先日、湯沢市皆瀬の多郎兵衛旅館で「ヌキウチ」という珍しいキノコをいただきました。飴色(あめいろ)に輝くヌキウチの味噌漬(みそづ)けは多郎兵衛旅館に代々受け継がれた珍味です。コリコリした歯触りはまるでアワビのような食感で、酒が大いにすすみました。
12代当主の伊藤多郎兵衛氏によると、ヌキウチは山の尾根を七つも八つも越えた深山のブナやイタヤカエデの立ち木に生えているといいます。少し黄味を帯びた肉厚の傘が重なり合った半円型で、背丈をはるかに超える高い場所につくので、たいていは見上げるだけで、採る人はいません。
誰も採れないので、直径40~50センチぐらいにまで成長し、水分が抜けて硬くなります。やがて雪が樹上のキノコに積もり、その重さに耐えかねて、ドサッと突然落ちてくる。それを拾うわけです。しかし、最近では雪深い冬に深山に入れる人がいなくなり、9月に早々と一本梯子(いっぽんばしご)を背に樹上のヌキウチを採りにいくのだそうです。
永田賢之助氏の名著「あきた山菜キノコの四季」によると、ヌキウチは正式名称エゾハリタケ、通称ヌケオチと言います。もともとキノコが幹から抜け落ちることからヌケオチと名付けられました。学生時代の抜き打ちテストを思い出させる「ヌキウチ」という名前は方言だったのですね。
ヌキウチは普通のキノコと違い、硬くて料理には向きません。多郎兵衛旅館では、一昼夜水に浸けてぬめりや細かい虫を落とした後、重曹で湯がき、麹(こうじ)歩合の高いぜいたくな味噌を使い、しかも毎年新しい味噌に替えながら3年かけて漬け込むといいます。
熟成期間に、味噌に含まれる米麹の多種多様な酵素がヌキウチの硬い細胞を軟化させ、絶妙な歯触りを作り出してくれるのです。希少なキノコと県南ならではの高麹歩合味噌、この菌と菌との出会いが醸し出す見事な味に脱帽です。
第42回 2013年11月6日
[温故知新]虫を誘うカビの香り 今野宏(寄稿)
◇秋田今野商店社長
虫がカビの香りに誘引されることは比較的早くから知られていました。中でも昔からゴキブリと並んで大変評判の悪いダニは、私たちカビを扱う者にとっても厄介者です。
ダニは試験管の中の培地に生えたカビを目がけて、綿栓を食い破って侵入してきます。昔のことですが、保管していたカビがダニに食べられて大騒ぎになったことがあります。
ひと言でダニと言っても種類は多く、150種ほどが知られています。特定のダニは特定のカビが大好物で、菌糸より胞子を好んでバクバク食べます。
例えば鰹節(かつおぶし)を作る時に使うユーロチウムグラウカスというカビやカマンベールチーズを作る時に使うペニシリウムカマンベルチというカビなどが持つ特有の臭いに誘引されるのです。
これには湿度、温度、炭酸ガスも関係しますが、ある種の化学物質の関与が知られています。チーズダニとも呼ばれるケナガコナダニは名前のようにチーズに発生して品質を落とすことで恐れられています。チェダーチーズは乳酸菌を利用した発酵食品ですが、その乳酸菌の作る4種のケトンに3―メチルブタノールが加わった混合物にケナガコナダニが強く誘引されて集まるのです。
スッポンダケの仲間は一晩で奇妙な形の傘を生じますが、この傘を出すやいなやフェニルクロトンアルデヒドやメタンチノールなどの糞尿(ふんにょう)臭があたりに立ち込めます。この臭いが発生すると付近のハエや蛾(が)の仲間がすぐ集まってきて成熟した頭部の粘液塊を短時間で舐(な)め尽くしてしまいます。この時胞子が昆虫の表面についてその飛行で遠方に運ばれるのです。
このようにカビの仲間は自分の出す香り(臭い)を上手く利用して自己の胞子の発芽や増殖をコントロールし、生存環境の変化に対応しているのです。
そういえば、人の世界でも色香に迷うとよく言いますなあ。いやいや私の話ではありませんよ。
第43回 2013年12月4日
[温故知新]つまみにならないキノコ 今野宏(寄稿)
◇秋田今野商店社長
「食べたら飲むな!」――。飲酒運転撲滅キャンペーンの標語ではありません。キノコの話です。寒い冬の夜、キノコを肴(さかな)に酒を飲むのはなんとも風情がありますが、ついつい飲み過ぎて二日酔いになったという経験をお持ちの方も多いと思います。
実はキノコの中には食べ合わせによって不思議な作用を起こすものがあるので注意が必要です。深酒したわけでもないのに二日酔いになってしまう、その元凶を作り出すキノコがホテイシメジです。
傘は中央部がくぼんだ漏斗状で、お猪口(ちょこ)に似た形からオチョコダケとも呼ばれ、店頭でも見かける味も上々のキノコです。このホテイシメジはそれだけ食べても何ら異常は起こさないのですが、アルコールが入ると急に胸が苦しくなったり、顔面が紅潮し、頭痛、息切れなど二日酔いの症状が現れます。
二日酔いのメカニズムを見てみましょう。一般的にアルコールは肝臓で酵素によりアルデヒドから酢酸へ、最終的には水と二酸化炭素に分解され排出されます。
ところが二日酔いになると、アルデヒドから酢酸に分解する酵素を阻害するため、アルデヒドが体内にたまります。このアルデヒドはアルコールの量が多過ぎると代謝が追いつかなくなり、二日酔いの原因となる物質です。ホテイシメジはこのアルデヒドをためてしまうのです。
しかも、このアルコール代謝阻害物質は体内に残留し、しばらくはアルコールを飲む度に発症してしまうので、ホテイシメジを食べたら一週間の禁酒が必要になります。もっともこれは個人差があり、私のように酒に強いとへっちゃらです。ホテイシメジをうまく利用すれば酒が嫌いになる薬が作れるかもしれません。
アルコール依存症の薬は副作用もありコントロールが難しいといわれています。ホテイシメジを用いれば穏やかに治療することが可能になるかもしれませんね。お酒との食べ合わせで同様の症状を起こすキノコとしてヒトヨタケも知られています。
忘年会のシーズンです。「食べたら飲むな!」。酒に弱い人はご注意を!
第44回 2014年1月15日
[温故知新]発酵微生物の東西対決 今野宏(寄稿)
◇秋田今野商店社長
以前、鰰寿司(はたはたずし)の話を紹介しましたが、そもそも寿司の起こりは琵琶湖の鮒(ふな)寿司だと言われています。稲作と一緒に日本に伝わったといわれるくらい古くからある食べ物です。
鮒を塩漬けした後、1年以上ご飯に漬け込み、乳酸菌の働きを利用して保存性と風味を持たせるのが鮒寿司の製造法です。その後、鮒寿司のような臭いの強い寿司は次第に敬遠され、熟成期間が短く臭いも少ない鯖(さば)、鯵(あじ)、秋刀魚(さんま)、鮎(あゆ)などの生成(きな)れ寿司が作られるようになりました。いずれも魚とご飯と塩だけで作られ、麹(こうじ)は使いません。
発酵の国・秋田の県人にとって、この鮒寿司や生成れ寿司には抵抗感のある人が多いと思います。それはなぜでしょうか。私たち東日本の発酵のキーになっている微生物は麹が主体であるのに対し、西日本の発酵のキーは細菌であることが関係しています。言い換えると東はうま味を麹に求め、酸味を嫌う傾向が強く、西はうま味の起源を乳酸菌による柔らかい酸味に求める傾向があります。
漬物を見ても、それは明らかです。東日本では麹の甘さを活(い)かした漬物が主流ですが、西日本では糠漬(ぬかづ)けが一般的で、乳酸菌がその秘伝の味を作り出しているのです。
東北など寒冷な地では乳酸菌など酸を作り出す細菌は活発に増殖出来ません。物が腐りにくい環境ともいえます。一方、温暖な西日本ではご飯と塩と自然に発生する乳酸菌の出す酸で腐敗を防止していたのです。
東北人は酸味イコール腐敗という文化があり、酸っぱい味を嫌う人が多いのが特徴です。事実驚くべきことに西日本では各町に酢造屋があるのに対し、東日本、特に北東北には数軒のみ、北海道にいたっては1軒もありません。このように微生物の作り出す味は東と西で大きく食文化を分けているのです。
第45回 2014年2月19日
[温故知新]チョコレートの秘密(上) 今野宏(寄稿)
◇秋田今野商店社長
2月14日はバレンタインデーでしたね。世界中でたくさんのチョコレートが愛を届けたことでしょう。
さて、そのチョコレートですが、皆さんはどうやって作るかご存知ですか?「そりゃあ板チョコ砕いて溶かして型に入れて……」。いやいや、それは先週一生懸命チョコレート作りをした女性陣は百も承知のはず。私が言いたいのはカカオ豆からチョコレートが出来上がる工程のことです。
実は……チョコレートって発酵食品なのです。今回は2回に分けてそれを紹介しましょう。
チョコレートの原料になるカカオは20センチぐらいのラグビーボールのような果実です。カカオ豆は2000年以上前から中南米で飲料として親しまれていました。現在の固形型チョコレートになったのは100年ほど前です。
厚さ約1センチの殻の中のパルプと呼ばれる白い果肉に30~40粒の種子が入っています。この種子がカカオ豆。これを発酵させるのです。
発酵方法は大きく分けて二つあります。西アフリカなどではバナナの葉でカカオ豆を包んで発酵させるヒープ法。中南米では木箱に入れて発酵させるボックス法が主流です。
葉で包むことによって葉に付着している微生物がカカオ豆で増殖します。発酵期間は約1週間。この間に豆の温度は50度まで上昇し、果肉であるパルプがドロドロに溶け、その成分をカカオ豆が吸収します。風味の決め手は発酵にあります。
発酵時に種子は一度発芽しながら高温と酸によって死んでいきます。この発芽はとても重要で、発芽していない豆で作られたチョコレートにはあの独特の風味がないのです。現在でも種菌(スターター)は使用せず完全な自然発酵です。純粋な高密度の種菌を使う日本の納豆や乳酸飲料、酒造とはまるで違う天然発酵なのです。
第46回 2014月3月26日
[温故知新]チョコレートの秘密(下) 今野宏(寄稿)
◇秋田今野商店社長
前回に引き続きチョコレートと発酵の話。チョコレートの天然発酵に関与する微生物は明らかになっていて、酵母や乳酸菌、酢酸菌などが主体です。これらの微生物が絶妙に入れ替わりながら発酵を進め、あのおいしいチョコレートの原料のカカオバターに変化していくのです。
発酵段階によって関与する微生物が変遷していくのは日本酒の生モト(きもと)、山廃造りと似ています。発酵の終了したカカオ豆は乾燥され、その後、焙煎(ばいせん)することにより苦味が弱まり、さらに熱によって酸が揮発して特有の風味が出ます。
焙煎(ばいせん)の済んだカカオ豆は外皮と胚芽を取り除き細かくすり潰します。こうしてドロドロしたペースト状のカカオ(ココア)バターを含むカカオマスが出来上がるのです。カカオ豆は発酵を経ずに焙煎して食べることもありますが、その場合はチョコレートの味も香りも全くありません。
因(ちな)みにホワイトチョコレートはココアパウダーを使わないでパーム油などのカカオ以外の植物油脂やミルクで作られています。このためヨーロッパでは長いことチョコレートとは名乗れなかったのです。かつては「チョコレートたるものカカオ100%のものだけ」と定められており、今でも厳格にそれを守っている老舗のチョコレート屋さんがヨーロッパにはたくさんあります。
さてチョコレートやココアなどカカオ豆から作られる食品は末梢(まっしょう)血管を拡張させて血圧を下げる効果や食欲を抑えリラックスさせる効果、利尿作用、強心作用などが知られています。これらはテオブロミンという苦み成分によるといわれています。テオブロミンンはカフェインの仲間で化学構造もよく似ています。
ただし人間には薬効があるチョコレートですが、犬などに与えるとテオブロミン中毒で死ぬ可能性もありますので、いくらおいしいチョコレートといえども動物にチョコレートは要注意ですよ。
第47回 2014年4月16日
[温故知新]老木の桜を救ったカビ 今野宏(寄稿)
◇秋田今野商店社長
長かった冬もようやく終わり、待ちに待った桜の季節がやってきました。
東北各地には桜の名所が数多くありますが、盛岡市の盛岡地方裁判所構内にある石割桜(いしわりざくら)も有名です。国の天然記念物にも指定されている石割桜は、巨大な花崗岩の狭い割れ目に生育する直径1・35メートル、樹齢360年を超えるエドヒガンザクラです。
この老木も衰えが目立ち始め、平成22年にはついに悪性のキノコが寄生するまでになってしまいました。キノコを削り取っても、暫定的な処置でしかありません。キノコの菌糸が樹体内に蔓延(まんえん)してしまっているからです。
キノコが属する木材腐朽菌は、栄養を得るために樹木の様々な成分を分解し、自らの菌糸を伸ばしていくのです。それはちょうどキノコの菌糸が土中を這(は)い巡っているのと似ています。
しかし樹木だって自らを守るために様々な抗菌物質を樹体内に蓄積して、キノコの侵入を一生懸命防いでいます。木が若くて旺盛に活動している時は生体防御機構が働いて、キノコの菌糸は簡単には樹体内には侵入できませんが、石割桜のような老木はもはやその力もありませんでした。
でも、そこに救世主が現れたのです。私どもが製造しているトリコデルマというカビの胞子です。
石割桜に寄生したキノコ(病原菌)にトリコデルマが寄生する性質を利用したのです。実はキノコの細胞壁はキチン質と呼ばれる硬い成分で出来ています。トリコデルマはこの硬いキチン質を溶かす酵素をたくさん作るという特技を持っているのです。キノコの細胞壁のキチン質を溶かしてしまえばドロドロになり、キノコは死んでしまいます。そのことを知っていた樹木医からの問い合わせでトリコデルマによる処置が行われました。
一年後、うれしい便りが届きました。石割桜が再び満開の桜を咲かせたのです。例のキノコは発生しませんでした。トリコデルマが国の天然記念物の老木を見事に救ったのです。今年の春もまた満開の石割桜に会いに行くつもりです。
第48回 2014月5月14日
[温故知新]木の流血 原因は樹液カビ 今野宏(寄稿)
◇秋田今野商店社長
早春から初夏にかけて、伐採された広葉樹の切断面に何やら得体の知れない白や赤のドロドロしたものを見つけることがあります。樹木の傷口からは根から吸い上げられた水分がしみ出てきますが、これには樹木中の糖分が含まれているため、昆虫や微生物の格好の餌となります。いわゆる樹液と呼ばれるものです。
樹液にはカビ、酵母などをはじめ、細菌など様々な微生物が取り付きます。切り口が新しいうちは樹液酵母と呼ばれる酵母や植物病原性のカビが検出されます。
先日、大仙市協和の道路脇のミズキの木から大量の樹液が出てオレンジ色に変わり、大騒ぎになっていると話題になりました。これは樹皮の傷口やその周辺に樹液がしみ出し、そこに菌類が繁殖してゼリー状の塊になり、それがオレンジ色に染まってしまう「スライム・フラックス」によるものです。特にミズキなどは樹液の分泌が多く、傷口から下側に何十センチにもわたって広がるため、「木が血を流している」ように見えてしまいます。
このオレンジ色は主にフザリウム・アクアエドゥクトゥウムというカビに由来しています。学名はラテン語で表示されますが、アクアエは水、ドゥクトゥウムは植物の導管を意味しています。名前からも、このカビがまさに樹液カビであることが分かります。
樹液に繁殖したフザリウムは初めほとんどが透明や白の集まり(コロニー)を作りますが、徐々に桃色、紫、オレンジ色、赤などのカロテノイド系色素を生産するようになるのです。
さて、このカビによって生じた大騒ぎですが、木の傷口からの流血は長くは続きません。樹液の分泌が止まれば栄養の供給が断たれるので、次第に干からび、それにつれて出現してくるカビの種類が変わり、色も変化していくからです。最後のカビは樹液を黒く覆いつくして終わります。この現象は樹液が豊富な春によく見られる光景なのです。
第49回 2014年6月18日
[温故知新]妖精の輪 実はキノコ 今野宏(寄稿)
◇秋田今野商店社長
古くからキノコは実用的な目的を離れ、工芸品や民具など様々な装飾意匠として親しまれてきました。キノコは色彩鮮やかで、姿形がシンプルです。それが人気の秘密なのでしょう。
欧米では白雪姫に出てくる赤に白い水玉模様のベニテングダケが特に人気で、よく見ると、そばにはテントウムシ、カエル、フクロウなどが添えられている場合が多く、幸運や豊穣(ほうじょう)、子孫繁栄を願うもののようです。キノコと妖精の組み合わせも多く、新年を祝うカードやクリスマスの飾りなどにも好んで用いられます。
ところで皆さんは「菌環(きんかん)(菌輪(きんりん))」って聞いたことがあるでしょうか。菌環はフェアリーリング、妖精の輪とも呼ばれています。この幻想的な名前は西洋の伝説に由来していて、妖精たちが月光の下で輪になって踊り、夜明け前に眠ってキノコの形になったと言われています。
菌環とは通常キノコが円を描いて発生する状態を言います。カビを培養する時、栄養を寒天で固めた培地の真ん中に菌を接種すると、菌糸は周囲に向かって成長し、同心円状に広がります。この現象と同じです。森林では菌根性のマツタケなどに菌環が見られます。キノコの真下には白い菌糸塊が肉眼で認められます。草地ではホコリタケやハラタケ属でも菌環が見られます。
公園、ゴルフ場、住宅地などで芝が輪状に周囲より色濃く繁茂し、時には成長が抑制されたり枯れたりすることがあります。その後、キノコが発生するので植物病理学の分野ではフェアリーリング病と呼ばれています。
現在は54種のキノコが芝生にフェアリーリングを形成することが知られています。妖精の正体は、芝に感染した胞子が円状にどんどん成長して、最も代謝が活発な先端の菌糸が枯れ草や土壌中のタンパク質を分解し、植物の成長を促す現象です。さらに菌はある種の植物成長調節物質をも作り出しているので、ますますリングは成長していくのです。
現実を知ると妖精の夢も吹っ飛んでしまいますが、この妖精の贈り物、農業への応用も考えられそうですね。
第50回 2014年7月16日
[温故知新]微生物が作る毒 今野宏(寄稿)
◇秋田今野商店社長
食中毒の原因は様々ですが、細菌の出す毒もその一つです。細菌の出す毒には内毒素と外毒素があります。内毒素は細菌の体内にあるもので、一般に毒性は弱いのですが、厄介なのは外毒素です。これは細菌が体の外に出す毒で、非常に強い毒性があります。
コレラ菌、ボツリヌス菌、破傷風菌、黄色ブドウ球菌などの出す毒がこれにあたります。ちなみに自然界に存在する世界三大毒と呼ばれるものは、ナンバー1ががボツリヌス菌毒、ナンバー2が破傷風菌毒、ナンバー3がジフテリア菌毒です。
日本を震撼させたサリン毒はボツリヌス菌毒の140万分の1、青酸カリは3300万分の1です。いかに微生物の作る毒が強いかお分かりいただけると思います。
細菌の作り出す毒が何で出来ているかというと、実はタンパク質なのです。普通タンパク質といえば、みなさんは卵や肉、大豆を思い浮かべると思います。タンパク質はアミノ酸が何百も何千も連なった巨大分子で、それが一定の形にきちんとつながって出来ています。
しかし熱を加えるとその構造が崩れ、性質が変わってしまうという特徴があります。つまり毒といえどもタンパク質ですから、加熱によって構造が変化して毒性が失われてしまうのです。
食品が少しくらい悪くなっても、しっかりと火を通せば大丈夫ということを聞きますが、これはまさに加熱によるタンパク質の構造変化を言い当てています。とは言っても、菌によって死滅する温度はさまざまです。高温でもある程度生き延びる菌もいますから注意が必要です。
最近国内を騒がせたピザなどの冷凍食品への農薬混入事件や中国の農薬入り餃子事件などは、その毒素は化学合成されたものでタンパク質ではありませんから、どんなに火にかけても毒素は消えません。煮ても焼いても毒は毒のままなのです。